東京高等裁判所 平成元年(行ケ)182号 判決 1992年10月13日
アメリカ合衆国
ニューヨーク州ニューヨーク市 イースト・フォーティセカンド・ストリート一五〇
原告
モービル・オイル・コーポレーション
右代表者
エドワード・エイチ・バランス
右訴訟代理人弁理士
曽我道照
同
古川秀利
同
池谷豊
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官
麻生渡
右指定代理人
今村定昭
同
加藤公清
同
田辺秀三
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和六三年審判第九七七八号事件について平成一年三月一六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文一、二項と同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、一九七八年一二月一四日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五四年一二月一四日、名称を「芳香族炭化水素化合物のアルキル化法」(後に「芳香族炭化水素化合物の液相アルキル化法」と訂正)とする発明につき特許出願(同年特許願第一六一七〇九号)をしたが、昭和六三年二月三日に拒絶査定を受けたので、同年五月三一日、これを不服として審判の請求をした。特許庁は、右請求を昭和六三年審判第九七七八号事件として審理した結果、平成一年三月一六日、「本件審判の請求は、成り立たない。」(出訴期間として九〇日を附加)との審決をした。
二 特許請求の範囲第一項記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨
シリカ/アルミナ比が少なくとも一二で制御指数が一~一二であるZSM-12ゼオライト触媒の存在下で芳香族炭化水素化合物を炭素原子が一~五個のアルキル化剤と、一〇〇℃~二五〇℃の温度と、液相を維持するのに少なくとも充分な圧力で、しかも二〇四kg/cm2(2×104kpa)以下の圧力下で接触させることを特徴とする芳香族炭化水素化合物の液相アルキル化法。
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
2 これに対し、本願の出願前に日本国内で頒布された刊行物である特開昭四九-二〇一二四号公報(以下「第一引用例」という。)には、芳香族炭化水素化合物をアルキル化する方法において、触媒としてゼオライトZSM-12を使用し、温度六〇〇~九〇〇°F(三一六~四八二℃)、大気圧~三〇〇〇psigの圧力で気相で行うことが、また同特開昭五二-一三九〇二九号公報(以下「第二引用例」という。)には、芳香族炭化水素化合物をアルキル化またはアルキル交換を行う方法において、ゼオライト系触媒の存在下、温度一〇〇~一二〇〇°F(三八~六四九℃)、大気圧~三〇〇〇psigの圧力で、気相または液相で行うことが、それぞれ記載されている。
3 本願発明と第一引用例記載のものとを対比すると、両者は、芳香族炭化水素化合物をアルキル化する方法において、ZSM-12ゼオライトを触媒とする点、アルキル化剤として炭素原子が一ないし五個のものを用いる点、圧力範囲が重複している点で一致し、前者が液相反応であるのに対し、後者が気相反応である点、前者の方が後者より低い温度で反応させるものである点で相違する。
4 そこで、右相違点について検討する。
(一) 一般に、液相反応は気相反応に比べ、低温で行うのが通常であり、該反応温度に関する相違点も結局は反応相の違いに帰するということができる。次に、反応相についての相違であるが、ゼオライト系触媒を用いた芳香族化合物のアルキル化反応においては、気相、液相共に普通に行われていることであり、第二引用例には触媒がZSM-12ではないが、ゼオライト系の触媒を用いて芳香族炭化水素化合物をアルキル化するに際し、気相と同様液相で行った例が示されていることを考慮すると、反応を気相で行うか液相で行うかというようなことは当業者が必要に応じて適宜選択し得ることといえる。
(二) また、本願明細書の記載をみるに、本願発明では、液相中で従来より低温で操作することにより転化率及び選択率が高くなる旨の記載があるが、それらの比較実験例である、例17、19、20の結果からは選択率について必ずしも顕著な差異は窺うことができない。
なお、例29、30の結果から、転化率が向上していることは認められるが、一般に、化学反応では、液相反応は気相反応に比べ反応が速く進むこと、ある反応を選択的に進ませて目的とする物質を収率よく得ることが可能であること等は普通に知られていることからみて、このような転化率の向上は特に予測し得ないこととは認められない。
してみると、本願発明を気相反応に代えて液相反応を採用することによって当業者が普通に予測し得る以上に顕著な効果を有するもの、ということもできず、その点が当業者にとって格別の創意を要するものとすることはできない。
5 したがって、本願発明は各引用例に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1ないし3は認める。同4(一)のうち、反応を気相で行うか液相で行うかは当業者が必要に応じて適宜選択し得ることであるとの点は否認し、その余は認める。同4(二)のうち、本願明細書には、本願発明では、液相中で従来より低温で操作することにより転化率及び選択率が高くなる旨の記載があること及び同明細書に記載の例29、30のとおり転化率が向上していることは認めるが、その余は争う。同5は争う。
審決は、反応相は当業者が適宜選択し得るものと誤認し、かつ、本願発明の作用効果の顕著性を看過して、本願発明と第一引用例記載のものとの相違点の判断を誤り、その結果、本願発明の進歩性を誤って否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 反応相は当業者が適宜選択し得るとした認定の誤り(取消事由1)
反応を気相で行うか液相で行うかは当業者が必要に応じて適宜選択し得ることであるとした審決の認定は、以下述べるとおり誤りである。
(一) 審決は、第一引用例の発明においても液相法を適宜選択し得ることを、その立論の前提としているが、以下述べるとおり、右発明においては液相法は適宜選択し得る方法ではないのである。
(1) 第一引用例は、米国特許第三二五一八九七号明細書(甲第九号証)及び米国特許第三六三一一二〇号明細書(甲第一〇号証)を引用して、ある種の結晶性アルミノシリケートゼオライト触媒を使用し、液相での芳香族炭化水素化合物のアルキル化が先行技術として行われていることを開示している。ところで、第一引用例の発明
は、右公知技術において使用されているゼオライト触媒とは異なるZSM-12ゼオライト触媒を使用する芳香族炭化水素化合物のアルキル化を実施するに際し、気相アルキル化法を選択しているが、同引用例には、同引用例の発明に液相反応を適用できることを教示もしくは示唆する記載は全くない。
これらのことからすると、第一引用例の発明の発明者としては、液相法を選択することもできたにもかかわらず気相法を特定的に選択したものであって、同引用例の発明においては、液相法の使用は全く所望されていないものと解するのが相当であり、したがって、同引用例においては、液相法は適宜選択し得るものではないというべきである。
(2) 甲第九号証に記載されている例6(液相法)のエチルベンゼンの選択率は約八二ないし八四%であり(別紙3参照)、甲第一〇号証に記載されている第Ⅱ表アルキル化反応結果(液相法)におけるクメンの選択率は精々約八八%である(別紙4参照)のに対し、第一引用例の気相法においては、例えば、例18ではクメンの選択率が九二・八%であって(別紙2参照)、目的生成物に対する選択率において公知技術の液相法を改善していることからしても、第一引用例の発明で気相法を選択したことは、気相法が液相法に比して有利であろうとの認識があったことを示すものであり、この点からいっても、右(1)の主張は裏付けられるものというべきである。
(3) 甲第九号証には、ゼオライト触媒の存在下において気相と液相でアルキル化有機化合物を製造する方法が記載されているが、気相法による例4ではエチルベンゼンの選択率が約九六%及び約八九%にも達している(別紙5参照)のに対し、液相法による例6ではエチルベンゼンの選択率は八二ないし八四%とかなり低くなっている(別紙3参照)。それにもかかわらず、同号証記載の発明がその特許請求の範囲5項で反応相を液相に限定しているのは、同号証中の「気相アルキル化ではエチレンの完全な転化が最初得られたが、しかし六時間操作後に触媒の活性はほぼ半分に低下することが測定された。これに反して、本発明の触媒の独特の活性はアルキル化できる芳香族化合物を液相に保つのに充分な圧力で操作することによって極めて長時間活性を維持できることが判明した。従って反応剤の一つまたはそれ以上、好適にはアルキル化され得る化合物を液化するのに要する臨界温度以下で操作を行うことが好ましい」(訳文第三一頁一一行ないし第三二頁二行)の記載等から明らかなように、液相法の方が触媒活性が長時間維持されるという認識があったためであることを示している。
ところで、第一引用例中の「(本願発明)のアルキル化は長い触媒寿命を有し、所望の生成物たとえばアルキル芳香族にする高い選択率を有することを特徴とする結晶性アルミノシリケートゼオライトの存在下で行われる」(第一頁右下欄四行ないし八行)、「このようなアルキル化方法(注 前記公知の液相アルキル化方法)のために提案された結晶性アルミノシリケート触媒は最初のうちは所望する生成物の収率が良好であるが、多くの場合その触媒的エージング特性は商業的用途に見合うほど充分には良好でない。」(第二頁左上欄一六行ないし二〇行)、「本発明においては、・・・改良されたエージング特性を有する触媒を活用することによってアルキル化を商業的に見合った長時間、高収率に保つことができるが、従来はこの点において望ましくなかった」(第二頁左上欄末行ないし右上欄八行)、「ZSM-12と称するゼオライトは高度の熱安定性を有し、そのため高温の操作において特に効果的である」(第五頁左下欄一五行ないし一七行)との各記載を総合すると、第一引用例の発明は、甲第九号証に記載の気相操作では劣っていた触媒寿命を、高温操作に効果的な、したがって、気相法に好適で、長い触媒寿命を有するZSM-12ゼオライトを使用することによって解決し、かつZSM-12ゼオライトが高い選択率を有する結晶性アルミノシリケートであることを気相法で利用して、甲第九号証記載の液相反応における低選択率を解決することにより、商業的に見合った長時間の触媒の活用と高収率とが得られないという公知技術の欠点を改善しようとしたものであることが窺える。第一引用例では液相反応について何も言及していないが、このことは、同引用例の発明者が、芳香族炭化水素のアルキル化法において、反応相として気相法も液相法も公知であるにもかかわらず液相法を望まなかった証左である。
(二) 第二引用例には、例15及び例21で、本願発明で使用するゼオライト触媒とは異なるZSM-21系ゼオライト触媒(ZSM-35及びZSM-38)を使用する液相アルキル化法が開示されているが、右両実施例は、第二引用例の発明で用いる触媒の最も好適な温度範囲(四〇〇ないし九〇〇°F、二〇四ないし四八二℃)での反応が行われておらず、また、プロピレンの転化率やクメンの選択率について何も触れるところがないから、同引用例は、液相法の方が気相法よりも有利であるとの教示も示唆もしておらず、液相法を敢えて選択する動機づけとなるものではないというべきである。また、第二引用例の発明は第一引用例の発明とは異なる触媒を使用するものであるから、これらを組み合わせることに何の根拠もない。
(三) 以上のとおり、第一引用例の発明は特定的に気相法を使用するものであって、液相法を適宜選択し得るものではなく、第二引用例も液相法を選択することが有利であることを教示もしくは示唆するものではなく、更に第一引用例の発明と第二引用例の発明とは触媒が相違しているのであるから、第一引用例の気相法に代えて第二引用例の液相法を適用することは困難である。
したがって、反応を気相で行うか液相で行うかというようなことは当業者が必要に応じて適宜選択し得ることであるとした審決の認定は誤りである。
2 作用効果の顕著性の看過(取消事由2)
本願発明における転化率及び選択率の向上は格別のものではなく、本願発明は、液相反応を採用することによって当業者が普通に予測し得る以上に顕著な効果を有するものではないとした審決の認定、判断は、以下述べるとおり誤りである。
(一)(1) 本願明細書記載の例19は気相反応によるものであり、例20は液相反応によるものであるが、目的生成物であるt-ブチルベンゼンとs-ブチルベンゼンの両方の合計量の流出物中の割合は、別紙1記載のとおり、例19は五・六重量%であるのに対し、例20は一七重量%であって、液相法の方が気相法より遙かに多量である。別紙1の比較表中ベンゼンは未反応原料であり、したがって、流出液中のアルキル化反応による生成物は軽質留分とC留分(キシレン等の炭素原子八個を含む芳香族炭化水素)とブチルベンゼン類とC(炭素原子一〇個より多い炭素原子を含む芳香族炭化水素)である。しかも軽質留分は例20の方が遙かに少なく、C留分は〇・一重量%と同一であるから、ブチルベンゼンの選択率は例20の方が遙かに高いことは明瞭である。
(2) 本願明細書記載の例16は、プロピレンをアルキル化剤として使用し、液相で操作したところ、プロピレンの九五%の転化率と九九%のイソプロピルクロロベンゼン選択率が得られたのに対し、第一引用例の例18をみてもクメンの選択率は精々九二・八%で、本願発明の方が選択率が優れていることは明らかである。
(3) 本願明細書記載の例17は選択率に及ぼす温度の影響を示すものであるが、温度一五〇℃~二〇〇℃、圧力二一kg/cm2の条件では約九八%のプロピレンの転化率、九五・七四~九七・六四%の選択率と
いう高い値を得ている。これは、第一引用例記載の例18の五五〇F(二八八℃)、五〇Psig(三・五kg/cm2)でクメンの選択率が九二・八%であることと比較しても、低温にもかかわらず優れた結果が得られたことを示している。
本願発明が奏する以上のような優れたアルキル化剤の転化率及び目的生成物の選択率は、第一、第二引用例の発明からは到底予測できないものである。
(二) 被告は、液相反応における目的生成物の選択率は溶媒和により促進される旨主張するが、溶媒和により反応が促進されたり、選択率が向上することは、一般論としては認められるとしても、逆に、溶媒和により反応が遅くなったり、妨害されたりすることもある。
乙第一号証にも、溶媒和効果が触媒により影響されるアルキル化のような接触反応においても特定の反応だけを促進させる旨の記載はなく、本件のような触媒によるアルキル化反応において反応速度を決めるのは触媒であって、溶媒和ではない。
したがって、被告の前記主張は理由がないというべきである。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認める。同四1は争う。同四2(一)のうち、本願明細書及び第一引用例記載の実施例における転化率、選択率が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。同四2(二)は争う。
二 審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。
1 取消事由1について
(一) 第一引用例には、「本発明は・・・芳香族炭化水素を・・・気相においてアルキル化する方法に関するものであり、このアルキル化は長い触媒寿命を有し、所望の生成物たとえばアルキル芳香族にする高い選択率を有することを特徴とする結晶性アルミノシリケートゼオライトの存在下で行われる」(第一頁左下欄二〇行ないし右下欄八行)と、特定、の性質を有するゼオライトを使用することに第一引用例の発明の特徴点があるという趣旨の記載がなされている。右記載に続いて、「ある種の結晶性アルミノシリケートゼオライト触媒を使用する芳香族炭化水素化合物のアルキル化は当業者において公知である。」(第一頁右下欄九行ないし一一行)と、ゼオライトという一般的概念で把握すれば、それを芳香族炭化水素のアルキル化において触媒として使用することは公知であることが記載され、その例として四件の米国特許が引用されている(第一頁右下欄一二行ないし第二頁左上欄一五行)。右記載に続いて、「このようなアルキル化方法のために提案された結晶性アルミノシリケート触媒は最初のうちは所望する生成物の収率が良好であるが、多くの場合その触媒的エージング特性は商業的用途に見合うほど充分には良好でない。」(第二頁左上欄一六行ないし二〇行)と、公知方法で使用する触媒の短所を示し、「本発明においては改良されたエージング特性を有する結晶性アルミノシリケートゼオライトを使用して芳香族炭化水素をアルキル化するための良好な方法を提供することに意義があり、改良されたエージング特性を有する触媒を使用することによってアルキル化を商業的に見合った長期間高収率に保つことができる。」(第二頁左上欄二〇行ないし右上欄七行)と、第一引用例の発明の公知方法に対する特徴点は、特別の性質を持つゼオライトを選択、使用した点にあることが記載されている。そして、第一引用例の発明の構成の包括的説明として、「本発明による・・・芳香族炭化水素の気相アルキル化を行う方法は、・・・気相アルキル化を達成するのに効果的な条件のもとで芳香族炭化水素原料をゼオライトZSM-5またはZSM-12の存在下にアルキル化剤と接触させることから成る」(第二頁右上欄九行ないし左下欄一行)と記載され、前記特別の性質を持つゼオライトがZSM-5及びZSM-12であることが示されている。更に、ZSM-5についてその化学的組成(第二頁左下欄二行ないし右下欄八行)、熱安定性(同頁右下欄九行ないし第三頁左上欄一四行)、X線回析(第三頁左上欄一五行ないし第四頁左下欄一〇行)及び製造法(第四頁左下欄一二行ないし第五頁右上欄九行)が記載されている。特に、ZSM-5の熱安定性について「ZSM-5と称するゼオライトの類は例外的に高度の熱安定性を有し、そのため高温の操作において使用するのに特に効果的である。この点においてゼオライトZSM-5は今日までに知られているゼオライトのうちでもっとも安定なものであると思われる。」(第二頁右下欄九行ないし一四行)と記載されており、ZSM-12についても右ZSM-5についてと同様の記載(第五頁右上欄一〇行ないし第七頁左上欄一二行)がある。
第一引用例における以上の記載によれば、同引用例の発明者が、同引用例の発明についてZSM-5及びZSM-12を触媒として採用したことによって所期の目的を達成できたと認識していたこと及びその認識が妥当なものであることが明らかである。
(二) ところで、第一引用例には、同引用例の発明において気相法を採用した理由や気相法と液相法とを対比してのそれぞれの利害得失については何ら論及されていない。前記のとおり、第一引用例の発明では気相で反応を行う旨の記載及び米国特許発明の反応相についての記載以外には、第一引用例には反応相に関する記載は一言半句もないのである。右米国特許発明における反応相であるが、第一引用例で引用されている四件のうち三件については液相と記載されている。残りの一件については反応相が何であるか不明である。右のとおり、第一引用例に公知方法として引用されている米国特許発明の方法で反応相が判明しているものはすべて液相だけである。
そうすると、第一引用例中に引用されている公知方法と同引用例の方法との基本的な相違点は、触媒の種類と反応相の種類の二点であるということができるが、右相違点のうち、触媒の種類については前記のとおり第一引用例に詳細に記載されているのに対し、反応相の種類についての説明的記載は何もなく、まして、第一引用例には液相法が気相法より劣るとか、同引用例の発明が使用する触媒には液相法は適用できないといった記載はない。
原告は、第一引用例の発明で気相法が採用されていることをもって、同引用例の発明者は気相法が液相法に比して有利であると認識していたと主張しているが、もしそうであれば、前記のとおり同引用例中に引用されている公知方法は液相法なのであるから、同引用例の発明では気相法を採用したことによって、公知方法の問題点を克服し、所期の目的を達成できたという趣旨の記載がされているのが普通である。ところが、第一引用例には右のような趣旨の記載はなく、前記のとおり触媒としてZSM-5及びZSM-12を採用したことによって所期の目的を達成したという記載があるのみである。このことからしても、第一引用例の発明者は気相法と液相法との間には大きな優劣の差はないと認識していたものとみるのが相当であって、原告の右主張は理由がないというべきである。
(三) 第二引用例の例15及び例21にはクメンの選択率について記載がないが、同引用例には、ゼオライトという点では第一引用例の発明で使用する触媒と共通する触媒を使用して、芳香族炭化水素化合物をアルキル化するに際し、気相と同様液相で行った例が示されているのであるから、液相法を採用するに十分の動機づけとなり得るものである。
(四) 以上のとおりであるから、反応を気相で行うか液相で行うかは当業者が必要に応じて適宜選択し得ることであるとした審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2について
乙第一号証にも記載されているとおり、液相反応は、「気相反応にくらべて・・・ある反応を選択的に進ませて目的とする物質を収率よく得ることが可能である」ことが本願出願前に周知であり、このことを考慮
すれば、液相法を採用することによって、ある程度選択率を向上させることが期待できるのである。そうすると、液相法の採用によって気相法に比して選択率を向上させている本願発明の効果はこれを認めるけれども、該効果は予期できるものであるから顕著な効果とはいえない。
なお、溶媒和によって反応速度が低下することがあることは、一般論としては原告主張のとおりである。しかし、本願発明においては反応原料の一方であり、通常化学量論量より過剰に存在している芳香族炭化水素化合物が溶媒として機能し、他方の反応原料であるアルキル化剤を溶解しているのであるから、本願発明の場合には反応速度が低下することはあり得ない。
したがって、本願発明を気相反応に代えて液相反応を採用することによって当業者が普通に予測し得る以上の顕著な効果を有するものということはできないとした審決の認定、判断に誤りはない。
第四 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決の取消事由の当否について検討する。
1 取消事由1について
第一及び第二引用例に記載された事項が審決の理由の要点2摘示のとおりであり、本願発明と第一引用例記載のものとの一致点及び相違点が同3摘示のとおりであることは当事者間に争いがない。
(一)(1) 成立に争いのない甲第六号証(第一引用例)によれば、第一引用例の発明は、「芳香族炭化水素をアルキル化剤によって気相においてアルキル化をする方法に関するものであり、このアルキル化は長い触媒寿命を有し、所望の生成物たとえばアルキル芳香族に対する高い選択率を有することを特徴とする結晶性アルミノシリケートゼオライトの存在下で行われる」(同号証の第一頁右下欄一行ないし八行)ものであること、同引用例には、「ある種の結晶性アルミノシリケートゼオライトは当業者に公知である。」として、米国特許第三二五一八九七号(甲第九号証の発明)、同第二九〇四六〇七号、同第三六三一一二〇号(甲第一〇号証の発明)及び同第三六四一一七七五号が例示されていること(第一頁右下欄九行ないし第二頁左上欄一五行)、そして、同引用例は、これら公知技術について、「このようなアルキル化方法のために提案された結晶性アルミノシリケート触媒は最初のうちは所望する生成物の収率が良好であるが、多くの場合その触媒的エージング特性は商業的用途に見合うほど充分には良好でない。」(第二頁左上欄一六行ないし二〇行)として、公知技術に用いられる結晶性アルミノシリケート触媒ではエージング特性が劣るという問題点があることを指摘し、「従って、本発明においては改良されたエージング特性を有する結晶性アルミノシリケートゼオライトを使用して芳香族炭化水素をアルキル化するための良好な方法を提供することに意義があり、改良されたエージング特性を有する触媒を使用することによってアルキル化を商業的に見合った長期間高収率に保つことができる」(第二頁左上欄末行ないし右上欄八行)、「本発明・・・による・・・芳香族炭化水素の気相アルキル化を行う方法は・・・気相アルキル化を達成するのに効果的な条件のもとで芳香族炭化水素原料ゼオライトZSM-5またはZSM-12の存在下にアルキル化剤と接触させることから成る」(第二頁右上欄九行ないし左下欄一行)と記載されていること、特許請求の範囲でも触媒を右のものに規定していること、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、第一引用例の発明がエージング特性の改良された触媒を用いて公知技術の問題点を解決しようとするものであることは明らかであり、第一引用例が公知技術を引用例示したのは、同引用例の発明が公知技術と異なる触媒を採用する必要性及び有効性を強調する趣旨でなされたものと認めるのが相当である。
ところで、前掲甲第六号証によれば、第一引用例には、甲第九号証の技術につき「・・・好ましい操作条件として実質的に液相を保っている。」(第一頁右下欄一九行、二〇行)と、甲第一〇号証のものにつき「ある種のゼオライトの存在下で液相においてオレフィンで芳香族炭化水素をアルキル化する方法を開示している。」(第二頁左上欄八行ないし一〇行)として、右各甲号証の発明が液相法を使用するものであることが示されているが、同引用例が気相法を採択した理由についての記載はないことが認められる。
以上によれば、第一引用例が公知技術を引用した趣旨は、公知技術におけるものと異なる触媒を用いることに第一引用例の発明の特徴点があることを示すためであって、第一引用例の特許請求の範囲は気相法に限定してはいるものの、当業界において、ゼオライト系触媒を用いた芳香族化合物のアルキル化反応において気相、液相共に普通に行われていることに照らし(この事実は当事者間に争いがない。)、右限定は、液相法による公知技術を改良することを意図し、あるいは液相法と対比し特に技術的意義を有するものとしてなされたものとまでは認め難い。
そうすると、第一引用例が液相法を使用する公知技術を引用していることを根拠として、気相法を用いる同引用例の発明においては、液相法の使用は全く所望されておらず、液相法は適宜選択し得るものではないとする原告の主張(請求原因四項1(一)(1))は採用できない。
(2) 前掲甲第六号証及び成立に争いのない甲第九、第一〇号証によれば、右甲各号証には選択率についての直接的な記載はないことが認められる(別紙2ないし4記載の選択率は、右甲各号証に記載されたデータから原告が算出したものである。)のみならず、第一引用例の発明者が選択率なるものを認識していたとも認められないから、右発明者が選択率という観点から第一引用例の発明を気相法に限定したものとは認め難い。また、甲第九号証記載の例6、甲第一〇号証記載のアルキル化反応結果及び第一引用例記載の例18の各実験条件は、反応相を決定する温度、圧力の他にも、使用する触媒、反応成分(原料)の化合物の種類、反応成分のモル比、空間速度等が異なっている(甲第一〇号証の右反応結果にはモル比、空間速度についての記載がない。)のであるから、これら実験条件の相違を無視し、目的化合物であるモノアルキル化された芳香族炭化水素化合物の選択率のみの比較衡量をして気相法の方が液相法よりも優れているという結論を導き出すことは必ずしも妥当ではない。
したがって、第一引用例の発明で気相法を選択したことは、気相法が液相法に比して選択率の対比上有利であるという認識があったことを示すものであるとの原告の主張(請求原因四項1(一)(2))は採用できない。
(3) 第一引用例が液相法を使用する公知技術を引用した趣旨は前記(1)に説示したとおりであって、同引用例の記載内容から、同引用例の発明が、液相法を用いる甲第九号証の発明との対比において、右発明における低選択率を解決するために気相法を採択したものと推認することはできず、これに反する原告の主張(請求原因四項1(一)(3))は採用できない。
以上のとおりであるから、第一引用例の発明に液相法を適用することはできない旨の原告の主張は採用できない。
(二) 成立に争いのない甲第七号証(第二引用例)によれば、第二引用例に記載されている液相アルキル化法である例16及び例21で使用する触媒は、本願発明や第一引用例の発明で使用するゼオライト触媒と異なるZSM-21系ゼオライト触媒(ZSM-35及びZSM-38)であること、右各実施例については、プロピレンの転化率やクメンの選択率についての記載はないことが認められる。
原告は、右転化率や選択率についての記載がないことを理由として、第二引用例は液相法の方が気相法よりも有利であるとの教示も示唆もしておらず、液相法を敢えて選択する動機づけとなるものではない旨主張する。
しかし、審決が第二引用例を挙示したのは、芳香族炭化水素化合物をアルキル化またはアルキル交換を行う方法において、ゼオライト系触媒を用いて気相または液相で行われていることが公知であることを示すためであって、液相法の方が気相法よりも有利であることが教示もしくは示唆されているとして同引用例を挙示したものでないことは、審決の理由の要点から明らかであるから、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、第二引用例の発明は第一引用例の発明とは異なる触媒を使用するものであるから、これらを組み合わせる根拠がない旨主張するが、触媒の種類が異なるとはいえ同じゼオライトに属するものであるから、第二引用例の液相法を第一引用例の発明に適用することの動機づけについての障害となるとは考えられず、原告の右主張は理由がない。
右のとおり、請求原因四項1(二)は理由がない。
(三) <1> 前記(一)で説示したとおり、第一引用例の発明は、その特許請求の範囲において気相法に限定してはいるものの、液相法は適用できないものであるとは認め難いこと、<2> 本願出願当時、ゼオライト系触媒を用いた芳香族化合物のアルキル化反応においては、気相法、液相法共に普通に行われていたこと、<3> 第二引用例には、芳香族炭化水素化合物をアルキル化する方法において、ゼオライト系触媒の存在下、気相または液相で行うことが記載されていること(右<2>、<3>は当事者間に争いがない。)からすると、第一引用例の発明において、気相法に代えて液相法を適用することは、当業者であれば容易に想到し得ることと認めるのが相当であって、反応を気相で行うか液相で行うかというようなことは当業者が必要に応じて適宜選択し得ることであるとした審決の認定に誤りはないというべきであって、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2について
(一)(1) 本願明細書記載の例19(気相法)と例20(液相法)の転化率及び選択率が別紙1に記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
ところで、液相法と気相法の優劣を判断する場合には、反応相を決定する条件以外は同一であることが必要であると解すべきところ、成立に争いのない甲第五号証によれば、例19と例20において、使用する触媒は共通しているが、反応成分の重量時間空間速度(WHSV)の点及びベンゼン/イソブチレンのモル比の点で相違していることが認められるから(WHSVは、例19がベンゼン一一・七、イソブチレン〇・八、例20がベンゼン九・二、イソブチレン〇・八、ベンゼン/イソブチレンのモル比は、例19が一〇・一/一、例20が八・六/一)、例20の方が例19より転化率及び選択率が高いからといって、直ちに本願発明に係る液相アルキル化法がアルキル化剤の転化率及び目的生成物の選択率において格別に優れていると評価することは相当でない。
(2) 本願明細書記載の例16(液相法)と第一引用例記載の例18(気相法)を比較すると、前者では.プロピレンの九五%が転化し、九九%のイソプロピルクロロベンゼンが得られたのに対し、後者ではクメンの選択率は精々九二・八%であることは当事者間に争いがない。
しかし、前掲甲第五、第六号証によれば、前者はクロロベンゼンとプロピレンとの反応であるのに対し、後者はベンゼンとプロピレンとの反応である点で相違していることが認められるところ、同じ芳香族化合物に属するとはいえ、ベンゼンとベンゼン核に結合した水素が既に塩素に置換されているクロロベンゼンとでは置換基の有無によりプロピレンとの反応性は当然異なるものと考えられるから、この点からしても、両者が液相法と気相法の優劣を判断するのに適さないものであることは明らかである。しかも、右甲各号証によれば、反応成分のWHSVの点及び反応成分のモル比(芳香族化合物/プロピレン)の点でも相違していることが認められるから(WHSVが、前者はクロロベンゼン八・一/プロピレン〇・二五、後者は三〇〇、芳香族化合物/プロピレンが、前者は一〇・六/一、後者は三・四~六・六/一)、両者の転化率や選択率を基に液相法と気相法の優劣を判断することは相当でない。
(3) 本願明細書記載の例17の場合、温度一五〇~二〇〇℃、圧力二一kg/cm2の条件下で約九八%のプロピレンの転化率及び九五・七四~九七・六四%の選択率を得ていること、第一引用例記載の例18の場合、五五〇F(二八八℃)、五〇psig(三・五kg/cm2)(気相)の条件下でクメンの選択率が九二・八%であることは当事者間に争いがない。
右両者の触媒がいずれもZSM-12であることは当事者間に争いがなく、前掲甲第五、第六号証によれば、ベンゼン/プロピレンモル比は、本願明細書の例17が六・七/一であるのに対し、第一引用例の例18が六・六/一とほぼ同じであることが認められるから、両者は、本願発明に係る液相アルキル化法による選択率及び転化率が予測し得る以上に顕著なものであるか否かについて判断する資料となり得るものである。
(4) 前掲甲第五号証によれば、本願明細書の例18の表ⅩⅠに、圧力一〇・五kg/cm2の場合(気相)のデータ(プロピレンの転化率九五・四%、イソプロピルベンゼン(クメン)の選択率九〇・三%)と圧力一四kg/cm2の場合(液相)のデータ(プロピレンの転化率九六・八%、イソプロピルベンゼンの選択率九四・〇%)が記載されていることが認められるところ、両者の実験条件からして、これも右判断の資料となり得るものである。
そこで、項を改めて、右(3)と(4)のデータから本願発明に係る液相アルキル化法による選択率及び転化率が予測し得る以上に顕著なものであるか否かについて検討する。
(二)(1) 成立に争いのない乙第一号証(「有機化学反応における溶媒効果」昭和四五年二月二〇日産業図書株式会社発行)によれば、同書の八頁には、「溶媒効果をおこす原因は溶媒和である。溶液反応では溶媒和という現象のために気相反応にくらべて反応が速く進んだり、ある反応を選択的に進ませて目的とする物質を収率良く得ることが可能である。」と記載されていることが認められる。
そして、芳香族炭化水素化合物とアルキル化剤を反応させる場合について、その典型的なものであるベンゼンとプロピレンの反応について考えてみると、プロピレンはその二重結合のために反応し易く、ベンゼンと反応するのみならず、その生成物であるクメンとも反応するし、プロピレン同士でも反応するが(甲第九号証の訳文六頁一行ないし三行)、ベンゼンはプロピレンとは反応するが、ベンゼン同士ではその化学的性質上反応しない。しかして、気相においては、ベンゼン分子とプロピレン分子は活発に運動するが、疎に分散しランダムに会合して接触する。一方、液相においては、ベンゼン分子とプロピレン分子は気相に較べればはるかにその運動が不活発であるが、密に集合し均一に混じり合って相互に隣接し、接触しており、特にベンゼンが過剰に存在する場合には、プロピレンはベンゼンをその周囲に強く引きつけてそれに囲まれた形で接触しているものと考えられる。そして、化学反応が生起するためには反応原料成分の分子が相互に接触することが必要であるところ、前記のとおり、液相の方が気相よりもプロピレン分子とベンゼン分子が密に存在し、かつ両者が相互に隣接し、接触する割合が高いと考えられるから、液相の方が気相よりも両者間の反応がより優越して生起するものと推測され、また、それ以外の反応(プロピレン同士あるいはクメンとの反応)は相対的に生起しにくいものと推測される。特にベンゼンが過剰の場合は、プロピレン同士あるいはそれとクメンとの反応は尚更生起しにくいものと推測さ
れる。
以上によれば、ベンゼンとプロピレンとが反応する場合には、溶媒和現象によって反応が促進され、そのために液相の場合の方が気相の場合よりもプロピレンの転化率やクメンの選択率が高くなることは、十分推測し得ることである。
もっとも、前掲乙第一号証の九頁には、「このように反応が促進されるか妨害されるかは、溶媒和による出発物質および活性錯合体の安定化の程度に依存する。」と記載されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第一一号証(丸善株式会社発行・「有機化学Ⅰ」)によれば、同書の五〇頁には、「・・・溶媒和は反応イオンを遷移状態よりも安定化する。すなわち、活性エネルギーが増大し、したがって反応速度は遅くなる。」と、成立に争いのない甲第一二号証(株式会社東京化学同人発行・「化学大辞典」)によれば、同書の二四二四頁には、「SN2型ヨード交換反応はアセトン中では速やかに進むが、少量の水の添加によって急に反応速度が落ちるのはⅠの選択的溶媒和のためである。」とそれぞれ記載されていることが認められ、これらの各記載によれば、溶媒和により反応が遅くなったり、妨害されたりすることもあることが認められるが、本願発明のように芳香族炭化水素化合物とアルキル化剤を液相反応させる場合において、かかる現象が生じることを窺わせるに足りる証拠はなく、むしろ反応に関する前記説示に照らし、右のような現象は生じないものと考えるのが妥当である。
乙第一号証には、溶媒和効果が触媒により影響されるアルキル化反のような接触反応においても特定の反応だけを促進させる旨の記載がないことは原告主張のとおりであるが、本願発明の液相のアルキル化反応においては、前記のとおり、原料化合物の分子相互の接触ということから反応が促進されること、それが溶媒和現象に起因するものであることは十分推測されるところである。
また、原告は、本願発明のような触媒によるアルキル化反応においては、反応速度を決めるのは触媒であって、溶媒和ではない旨主張する。確かに、触媒が反応速度に大きく作用することは否定できないが、右作用と溶媒和現象とが併存し得ないというものではないから、触媒が使用されるからといって溶媒和効果の存在が否定されることにはならないのであって、原告の右主張は採用できない。
(2) 以上のことを前提として、前記(一)(3)、(4)の場合を考えると、本願明細書記載の例18の表X1に記載されている圧力一〇・五kg/cm2(気相)の場合のアルキル化剤(プロピレン)の転化率は九五・四%であるのに対し、圧力一四kg/cm2(液相)の場合の転化率は九六・八%であって、殆ど差がなく、実質的には同程度のものであると認められる。次に、目的物であるアルキル化された芳香族化合物(クメン)の選択率であるが、本願明細書記載の例17(液相)の選択率は九五・七四~九七・六四%であるのに対し、第一引用例記載の例18(気相)の選択率は九二・八%であり、本願明細書記載の例18の表X1に記載されている圧力一〇・五kg/cm2(気相)の場合の選択率は九〇・三%であるのに対し、圧力一四kg/cm2(液相)の場合の選択率は九四・〇%であって、液相法による場合の方がいずれも数パーセント優れているが、前記のとおり、芳香族炭化水素化合物とアルキル化剤を反応させる場合、液相反応の方が気相反応よりもクメンの選択率が向上することは十分推測されることであり、前記乙第一号証の発行時期等からしても、このことは、本願出願当時、当業者に普通に知られていたものと推認されるから、選択率の右程度の差異は、液相法を採用することによって当然もたらされるものとして、当業者が予測し得る程度の範囲内のものであると認めるのが相当であって、格別顕著な差異であるとは認め難い。
(三) 以上のとおりであるから、本願明細書に実施例として記載された転化率及び選択率について格別顕著なものではないとして、本願発明は、液相反応を採用することによって当業者が普通に予測し得る以上に顕著な効果を有するものとはいえないとした審決の認定、判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。
以上のとおりであって、審決に原告主張の違法はない。
三 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び附加期間の定めにつき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)
別紙1
本願例19(気相法)及び例20(液相法)の比較
例19 例20
ベンゼン イソプチレレン ベンゼン イソプチレン
転化率(重量%) 3.4 39 10.9 91.0
流出液中の成分(重量%)
例19 例20
軽質留分 4.0 0.7
ベンゼン 90.2 82.2
C8 0.1 0.1
t-プチルベンゼン 5.1 16.7
5.6 17.0
s-プチルベンゼン 0.5 0.3
C10+ 0.1 --
別紙3
米国特許第3251897号 例6 第6表
希土類金属 酸形ゼオライトY
交換ゼオライトY
生成物組成
重量% モル量 選択率% 重量% モル量 選択率%
ベンゼン 78.1 -- -- 81.6 -- --
エチルベンゼン 17.0 0.160 82.1 14.8 0.140 83.8
ポリエチルベンゼン 4.7 0.035 17.9 3.6 0.027 16.2
合計 100.0 100.0 100.0 100.0
(但しエチルベンゼンの分子量は106、ポリエチルベンゼンは主要量がジエチルベンゼンであるので、ジエチルベンゼン(分子量134)として計算した:
17/106=0.160、4.7/134=0.035;0.160/(0.160+0.035)=82.1%
14.8:106=0.140、3.6/134=0.027;0.140/(0.140+0.027)=83.8%)
別紙2
第1引用例の例18 ZSM-12を使用しベンゼンをクメンにアルキル化する方法
全生成物の重量% 選択率(%)
ベンゼン:プロピレンのモル比 クメン ジイソプロピルベンゼン n-プロピルベンゼン クメン ジイソプロピルベンゼン
3.4:1 28.0 4.0 こん跡 90.4 9.6
4.5:1 25.0 3.5 こん跡 90.6 9.4
6.6:1 19.0 2.0 こん跡 92.8 7.2
計算(クメン分子量:120;ジイソプロピルベンゼン分子量:162)
(イ)+(ロ) クメン選択率
(イ)28/120=0.2333モル;(ロ)4.0/162=0.0247モル 0.258モル 0.2333/0.2580=90.4%
(イ)25/120=0.2083モル;(ロ)3.5/162=0.0216モル 0.2299モル 0.2083/0.2299=90.6%
(イ)19/120=0.1583モル+(ロ)2.0/162=0.0123モル 0.1706モル 0.1583/0.1706=92.8%
別紙4
米国特許第3631120号明細書 第二表
プロピレンによるベンゼンのアルキル化
のアルキル化、3時間後のモル%
タメン C9より重質物 合計 クメン/合計(クメン選択率)
16.5 2.4 18.9 16.5/18.9=87.3%
26.6 11.2 37.8 26.6/37.8=70.4%
30.9 15.5 46.4 30.9/46.4=66.6%
31.1 10.8 41.9 31.1/41.9=74.2%
24.4 17.3 41.8 24.4/41.8=58.6%
19.1 6.7 25.8 19.1/25.8=74.0%
別紙5
米国特許第3251897号 例4 第Ⅳ表
温度約425F°(218℃)、大気圧でのエチレンによるベンゼンのアルキル化
酸形ゼオライトY 酸形モルテナイト
操作時間(分) 45 23
ベンゼン/エチレンモル比 12/1 12/1
生成物組成
重量% モル量 選択率% 重量% モル量 選択率%
ベンゼン 95.9 -- -- 94.6 -- --
エチルベンゼン 3.9 0.368 96.1 4.7 0.443 89.5
ポリエチルベンゼン 0.2 0.015 3.9 0.7 0.052 10.5
合計 100.0 0.383 100.0 100.0 0.495 100.0
(但しエチルベンゼンの分子量は106、ポリエチルベンゼンは主要量がジエチルベンゼンであるので、ジエチルベンゼン(分子量134)として計算した:
モル量は10倍した値